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浴槽通信
2026年8月3日
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  鮨オーベルジュ「一 能登島」が生まれるまで

石川県・七尾湾に浮かぶ能登島。豊かな自然に恵まれながらも、過疎化や物価高、そして度重なる自然災害という現実にさらされてきたこの島に、いま新たな光が差し込んでいます。

そんな能登島に、2023年「一 能登島(ひとつのとじま)」が誕生しました。フランス発祥の「オーベルジュ」という旅のスタイルに、日本が世界に誇る鮨文化を掛け合わせた、唯一無二の宿です。

そして、この宿の真価を形づくっているのは、「美食」や「絶景」だけではありません。設計を手掛けた建築家・中永勇司氏(株式会社ナカエ・アーキテクツ)が、自ら事業者として開業したという点にこそ、この宿の本質があります。

建築家であり、同時に宿のオーナーでもある中永氏は、能登島の未来を見据えながら、空間・体験・経営を一体としてデザインするという、極めて稀有なアプローチに挑んでいます。今回は、その中永氏に、「一 能登島」にかける想い、建築と運営を横断して追求した独自のバランス、そしてゲスト体験のひとつである「バスルーム」へのこだわりについて、じっくりと語っていただきました。

島に呼ばれた古い民宿から始まった、能登島の再生

建築家とは、本来クライアントの想いを受け取り、形にする存在。けれど中永氏は、その役割をそっと裏返しました。

「自分がオーナーならこうしたい。その理想を100% 形にしてみたかった。」その告白には、長年建築と向き合ってきた者だけが持つ確かな重みと、まだ見ぬ景色を求める探究心が息づいていました。過疎化が進む地方に、もう一度人が集まる理由をつくりたい。その答えとして中永氏が選んだのが、“旅の目的地になる宿”という考え方でした。

その可能性を確かめるように、能登島の風の匂い、光の角度、海のきらめきを感じながら島内を巡るうちに、彼の目にひっそりと佇む築50年の民宿が留まりました。

「両親と話していると、私が子どもの頃に一度、この民宿で食事をしたことがあると言われまして。忘れていた記憶が、急に呼び起こされたような感覚でした。不思議な縁ですよね。」

まるで島に呼ばれたかのような出会い。その瞬間から、古い民宿は“再生されるべき場所”へと姿を変えたのです。中永氏は建物の骨組みを丁寧に残しながら、現代の技術と美意識で、空間を生まれ変わらせていきました。地元金融機関の後押しも受け、島の未来を見据えたプロジェクトは静かに、しかし確かな力強さで動き始めたのです。

中永勇司氏。七尾湾を望む場所で、宿づくりの想いを語る。

間を広く見せる、緻密な配置のこだわり

「安易に“和モダン”や“和洋折衷”とひとくくりにされるのはあまり好きではないのですが、海外からのゲストも多い中で能登らしさや、日本らしい和の要素を意識すると、どうしても和に寄ってしまう。ただ、昔の町家のような“古い和”に寄りすぎるのではなく、どこかに現代の軽やかさを残したいと思ったんです。」

そう語る中永氏が目指したのは、和の静けさと現代的な感性が無理なく共存する空間でした。客室の床には畳が敷かれ、い草の香りと、足裏にやわらかく返ってくるやわらかな感触が、旅の緊張をそっとほどいてくれます。その穏やかな和の気配に包まれながらも、空間全体にどこか現代的な軽やかさが漂っているのには、緻密な理由があります。

たとえば、部屋の中央にベッドを据えるという大胆なレイアウト。これは寝転がって天井を見上げたときに視界が狭く感じないよう、その“抜け”が綿密に計算されているためです。窓の位置や高さ、家具のボリュームに至るまで、客室には広がりを生むための工夫が丁寧に織り込まれています。

さらに、最も上質な角部屋2室には、本格的なプライベートサウナを導入。専用ダイニングで職人が目の前で握るお鮨を堪能したあと、客室に戻り、今度はサウナで心身をゆっくりと解きほぐす。旅の時間がひとつの空間の中でシームレスにつながるよう、体験の流れそのものが丁寧に設計されています。そして、この特別な一日の締めくくりとして用意されたのが、独立型のバスルームでした。

七尾湾を二方向から望む、開放感あふれるゲストルーム

空間のパーツとして美しく自立する、本物の佇まい

一 能登島のバスルームは、浴室と洗面エリアをあえて仕切らず、ひとつの空間として緩やかにつながっています。限られたスペースでありながら、光の広がりと視線の抜けを巧みに生かし、驚くほどの開放感を生み出す設計です。その静かに開かれた空間の“核”として選ばれたのが、当社の鋳物ホーロー浴槽「やまと」でした。

中永氏はこう語ります。「住宅であれば白い浴槽でもすごく良いのですが、宿という特別な時間を過ごす場所を考えると、空間に深みを与えてくれる色が必要でした。その点で黒色は、素材の質感を引き締めながら、空間全体を静かに整えてくれる。特に、スタンディングタイプを選んだのは、余計な装飾を加えなくても、凛とした存在感を保ってくれるから。建築家は空間全体をデザインしますから、浴槽だけが主張しすぎる必要はありません。空間のパーツとして美しく自立してくれるバスタブは、他にはありませんでした。」

仕切りのない浴室では、ひとつの要素が空間全体の調和を左右します。その中で「やまと」は、静かに佇みながらも空間の質を確かに引き上げ、全体の完成度をそっと整えてくれる存在となっています。

七尾湾へ視線が抜ける空間に、鋳物ホーロー浴槽「やまと」が凛と佇むバスルーム

上記画像の客室「KUKI」の図面

オーナーとして実感する、本物のクオリティ

中永氏は建築家としてこの浴槽を選びましたが、実際に宿を運営する「オーナー」として日々向き合う中で、その選択が正しかったと実感していると言います。

「ホーローの滑らかな表面は白い湯垢が目立ちにくく、汚れも水洗いや軽いこすり洗いで十分にきれいになります。日々の運営の中で、この扱いやすさには本当に助けられています。鋳物ならではのずっしりとした安心感のある重さも、実際に使ってみて改めて良さを感じています。」

建築家としての揺るぎない美学と、それを裏側から支える当社のものづくりの精神。その二つが、能登島という土地で見事に響き合っています。

「地方だから難しい、ロケーションが不利だ。そんな声もありますが、私はそうは思いません。圧倒的な食と空間のセンス、そして確かなクオリティがあれば、人は場所を理由に旅をするのではなく、“その体験”を求めて訪れてくれます。大切なのは都市と比べることではなく、この土地だからこそ生まれる価値を最大限に引き出すこと。その質が本物であれば、どんな場所でも新しい目的地になり得る。私はそう確信しています。」

そう語る中永氏の言葉には、建築家としての経験だけでなく、この島の未来を信じる強い意志が宿っていました。

取材を終えて

取材を終えて外に出たとき、七尾湾を渡る風の中に、中永氏が信じた“地方の可能性”が確かに息づいているのを感じました。さっきまで見慣れていたはずの能登島の景色が、どこか違って見えます。きっとこの宿で過ごした時間が、わたしたちの感性をそっと更新してくれたのだと思います。

地域の価値をすくい上げ、その魅力を新しいかたちで手渡してくれる場所。それはすでに地域再生の一端であり、同時に、訪れる人自身の“再生”にもつながっていきます。

能登島に、ひとつの宝物が生まれた。この島の風景とともに、その光はこれからも静かに、遠くへ届いていくはずです。

(撮影:岡田大次郎)

>>> 一 能登島の納入実例はこちらから

>>> やまと(YT-1390)の製品情報はこちらから

上記画像の客室「SUSO」の図面

【施設情報】

■施設名 : 一 能登島(ひとつのとじま)

■所在地 : 石川県七尾市能登島須曽町42-4

■公式サイト : https://hitotsu-notojima.com/

【建築家プロフィール】

中永勇司(なかえ・ゆうじ)

1975年石川県金沢市生まれ。1994年金沢大学附属高等学校卒業、1998年横浜国立大学工学部建設学科卒業、2000年同大学大学院修士課程修了。EDH遠藤設計室を経て、2004年 ナカエ・アーキテクツ設立。2023年「一 能登島」開業。

■公式サイト : 株式会社ナカエ・アーキテクツ  https://nakae-a.jp/

 ◀一 能登島にてインタビューの様子(右:中永勇司氏)

 ※取材:愛葉(大和重工)、記録用撮影:川本(大和重工)、寄稿:YUMORE編集チーム